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キノコ狩りで豊かな森と親しむキノコの国ロシア

ためらうことなくロシアはキノコの国だと言うことができよう。キノコは極圏から南の亜熱帯地方まで、西の国境から太平洋沿岸まで、 ロシア全地域にわたってどこでも見つけることができるからだ。

「料理が七つ、全部キノコ」

ロシアでは昔から、煮たり、焼いたり、揚げたり、塩漬けにしたりと、キノコは年間を通じて食卓に上る食材の一つであった。 ロシアのことわざに「料理が七つ、全部キノコ」とあるように、ロシア人にとって重要な食べ物である。 古代ロシアではキノコが野菜と同様「健康のために非常にいい食品として知られていた。斎期(ものいみ、注1)には、主食として用いられていた。

 革命前のロシアでは、キノコは貿易で重要な位置を占めており、樫樽に入れられて外国へ輸出されていた。 ロシアのキノコを喜んで買った国の一つはフランスであった。フランスでは、ビン詰めのキノコはシャンパンより高かったといわれる。 フランス料理はソースで有名だが、ロシアのキノコで作ったソースは、最もおいしいソースとして珍重されていた。 そして、「キノコソースをかけたら、長靴の底でも食べられる」という冗談が交わされたそうである。

(注1) ロシア正教会の規律では、復活祭の前49日間は「ものいみ」といわれるいわゆる断食期間

「キノコ狩りは静かな狩猟」

kinokoimg5  ロシアの作家アクサーコフ(注2)は、キノコ狩りを「静かな狩猟」と言った。「キノコ狩りには未知な部分や意外性がある。運・不運もある。 好奇心が湧き、人はだんだん夢中にさせられる」と書いている。狩瀬やキノコ狩りには、熱心さ、 根気強さ、ねばり強さなどの共通点が多いのではないだろうか。たとえ天気が悪くても、狩猟もキノコ狩りも森に出ずにはできないのである。

 ロシア語でキノコは「グリブィ」、キノコ狩りをする人を「グリブニック」と呼ぶ。グリブニックが自分の獲物を自慢するのも狩人と同じである。

(注2) アクサーコフ(1791〜1859年)古い地主責族の出身。ゴーゴリとの深交は有名。写生文の模範として後世に深い影響を与えた。

ユーリー・フイリボヴイチに聞く、キノコ狩りの悦楽

kinokoimg2  ノボシビルスク地方のベレゾヴオ村に住むグリブニック、ユーリー・フィリボヴィチさんにキノコ狩りの極意を語っていただこう。 農業に従事ながら自然に囲まれた生活をしている彼は、そのコツを父親に教わった。今では二人一緒に森に行くのが楽しみの一つだという。

Q  ロシア人にとってキノコ狩りというのは何でしょうか。

 「キノコ狩りはおいしい食べ物の獲得だけでなく、自然と親しむ心の保養です。キノコをたくさん採るためには長く森を歩き回らなければなりません。 静かな朝、森の中では、足もとでぱきぱき鳴る音、さわやかな草の香り、蚊のかぼそい羽音、服についたクモの糸などの自然と心を調和させるのです。 グリプニックの間では『自分の心を森に打ち明けるなら、自然が褒美としてたくさんキノコを採れるようにしてくれる』と言われています。 森に対する敬けんな態度がキノコ狩りの幸運のもとなのです」

Q  キノコをたくさん採るための特別な習慣などありますか?

 「昔は、木におじぎをして、森の恵みに対して感謝を表す習慣がありました。キノコの収穫のための特別な祈りやまじないもありました。 例えば、森の前に立ち、左の手の平に3回ツバをかけて 『キノコちゃん、出ておいで』と言うのです。 もちろん現在ではこのようなおまじないはしませんが、森と話し合う習慣は残っています。例えば私は、 カゴを持って森を歩く度に心の中でひそかに森と話をします。私は森に自然の恵みを大切にすると約束します。 人間は森のお客にすぎないので、森に敬意を払うべきだと思っているのです」  −  キノコを採るための一番いい時間というのはあるのですか?  「キノコは一日中採れますが最適な時間は朝です。早朝の日差しは斜めですから、露に濡れたキノコのかさが輝いています。 草の中でもはっきり浮かび上がって見えるのです。そして、朝のキノコは固く、虫が入っていません。また、 森に一番早く来た人はキノコをたくさん採れますが、遅く来た人は採った跡しか見つけられません」

Q  森へ行くのにはどんな服装で行くのがいいでしょうか?

 「キノコ狩りに最適な服装は、フード付きの綿の服です。そして、そで口とズボンの裾にゴムの入ったものがいいです。 この服装なら鋭い枝や針葉、蚊から身を守れるからです。それから、ゴムの長靴を履きます。蛇に噛まれたり濡れたりする恐れもありません」

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Q  採ったキノコはどのようにして運びますか?

「白樺の皮とか柳の枝で編んだカゴを使うのがいいですね。隙間から空気がキノコに触れるので、採ったキノコの新鮮さを長く保てるのです。 採ったばかりのキノコはまだ生きているので空気が必要です。驚くことに、カゴの中でもキノコは成長するのです。 特にイグチは成長が早いことで有名です。採ったばかりのイグチのかさの大きさは、小指のつめぐらいですが、 森をしばらく歩いて家へ帰ってから見ると、親指のつめ位の大きさまで成長していることがあります。 密閉された状態だとキノコが息苦しくなって新鮮さを失ってしまいますから、ポリエチレンの袋は使わない方がいいでしょう」

Q キノコを見つけるコツは?

 「キノコ狩りは特別難しいものではありません。キノコを見つけるためには、森を急がずにゆっくり歩くことです。 木の枝を用意するといいですね。これは、草をよけたり、落葉をひっくり返したりして、隠れたキノコを探すのに便利です。 しかし、木の枝があっても、面倒がらずに身をかがめなければいけません。こんなことわざがあります。 『キノコはおじぎしてもらうのが大好きだ』または『キノコにおじぎをしないと、キノコはカゴに入らない』」

Q  グリプニックの達人は周辺を眺めるだけで、どんなキノコがあるのかだいたい分かると聞きましたが?

 「私は若いのでまだまだ経験が足りません。私の祖父は、いろいろなキノコの種類と習性をよく知っているので、 それぞれが生えている場所も分かります。一般に、森のはずれ、草地、森の小道に沿って生えます。 キノコの成長は天気とも関係があります。暑い時にはキノコは枝の下に隠れ、雨が多い夏には乾いた高いところに生えます。 いくつかの種類は、限られた木の周囲だけで育ちます。  キノコ狩りの伝統は親子代々伝えられていきます。私の村の近くの森でも、 自分の孫にキノコの採り方を教えているおじいさんの姿をよく見かけますよ。ロシア人にとってはキノコ狩りほど楽しい趣味はありませんし、 キノコを使った料理はご馳走です」

ロシアのキノコの種類

kinokoimg4  ロシアには食用キノコが多い。グリブニックに一番尊重されているキノコはヤマドリタケ。乾燥しても、煮ても黒くならないので、 ロシアでは「白いキノコ」と呼ばれる。カゴいっぱいのヤマドリタケを集めるのは、すべてのグリプニックの夢である。 生育時期は6月から9月にかけて。白樺や松の森に生える。ときには群生し、約40〜50本のキノコが集まっていることもあるので、 もしヤマドリタケを見つけたら、周りをよく見まわすといい。

 ヤマドリタケで作った料理はおいしいし、体に良い。昔から民間伝承薬としても使われてきた。 例えば17世紀の医学書の中には凍傷を治すためにヤマドリタケのエキスを使うという記載がある。現在の研究では、心臓の働きを促進したり、 抗腫瘍作用を促す物質が含まれていることが明らかになった。

 ヤマイグチも貴重なキノコである。白樺の木の下に生えることが多いので、ロシアでは「白樺の下のキノコ」と名付けられている。 成長が早く、6日間で熟し、7日日には老化してしまう。5月から秋にかけて生育し、ビタミンB1を多く含んでいる。

 秋にはチチタケ(ロシア語でグルジヂ)が、白樺の森に群生する。ロシア語で大きなグループを音味する「グルダ」から、 このキノコの名前は付けられた。柄が短く、葉っぱを少ししか持ち上げないチチタケは見つけにくい。これを探すためには木の枝が役に立つ。 塩漬けにするには、チチタケが一番おいしいと言われている。塩漬けのチチタケを切って細かく切った玉ねぎと混ぜ合わせ、 オリーブ油またはひまわり油をかけると、おいしい前菜ができる。

 アンズタケ(ロシア語で子狐)はロシアで最も知られているキノコ。こんがり焼き上げて食べると特においしい。栄養価も高く、 ビタミンB1、ビタミンC、ビタミンPP、カロチン、亜鉛、銅などの物質が含まれている。

 松の森にはイグチ(バターキノコ)が生える。かさと柄の皮は触るとバターを塗ったようにつるつるしている。 イグチに含まれる樹脂性の成分は痛風と頭痛をやわらげる。

 カキキノコは木の幹に生えるキノコでロシアに多い。ロシアを含む世界各国でもカキキノコは商業的に栽培されている。 ロシアでは年間20万トンほども栽培されているので、カキキノコで作ったおいしい料理を夏・秋だけでなく一年中莱しむことができる。

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EURASIA View 2004 November Vol.36に掲載(2004年11月)